「家賃滞納者が退去したが、数ヶ月分の滞納家賃が残っている」
「退去後の原状回復費用も負担させたいが、どうすればいいのかわからない」
「法的手続きを取りたいが、費用倒れになるのではないか」
このような悩みを抱える大家さんは決して少なくありません。
その多くが適切な回収方法を知らずに泣き寝入りしています。
しかし、適切な法的手続きを踏むことで、退去後であっても滞納家賃の回収は可能です。
本記事では、退去した家賃滞納者に対する強制執行の手続きから実務上の注意点まで詳しく解説していきます。
目次
退去した家賃滞納者が未払いのときの最終手段「強制執行」
強制執行とは、裁判所の力を借りて債権を回収する法的手続きです。
家賃滞納者が自主的に支払いに応じない場合、法的な手続きを経て行う強制的な回収手段です。
強制執行の種類は、大まかに分けて4つあります。
不動産執行 | 滞納者が所有する不動産(土地・建物) |
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債権執行 | 滞納者の銀行預金、給与、売掛金など |
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建物明渡し | 滞納者が借りている物件(退去) |
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動産執行 | 滞納者の家具、車両、貴金属など |
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実際に最も多く行われているのは、債権執行です。
令和5年の民事・行政資料によると、不動産執行が5,609件に対し、債権執行は142,971件と約25倍の差があります。
債権執行では、特に給与の差し押さえや銀行預金の差し押さえが効率的です。
差し押さえできる金額は、原則として手取りの4分の1までとされています。
なお、強制執行を行うためには裁判所で認められた「債務名義」という公証文書が必要です。
強制執行を行うには、「債務名義の取得」という手続きも行わなければなりません。
家賃滞納のまま退去されたときに解決すべき3つの問題
家賃滞納者が退去した場合、大家さんは次の3つの問題を解決する必要があります。
- 滞納家賃の回収
- 賃貸借契約の解除
- 原状回復のための予備費
家賃を滞納したまま退去されてしまったときに、まず大家さんを悩ませるのが「滞納家賃の回収」問題です。
滞納期間が長いほど損失が大きくなるだけでなく、回収も難しくなっていきます。
民法16条改正(2020年4月)において家賃債権の時効が5年とされたこともあり、少しでも早く動き出さなければなりません。
また、「賃貸借契約の解除」という問題も残ります。
賃貸借契約期間内に退去されてしまった場合、物件の権利者は大家さんではありません。
無事に物件の権利が戻ってきても、貸し出しまでに「物件の原状回復」を行わなければなりません。
鍵の交換費だけでなく、元借主の荷物が残っていれば運び出し・処分費用もかかります。
家賃滞納者が退去してしまっている場合、これらの費用を一時的に大家さんが負担しなければなりません。
もちろん、原状回復費は借主が負担する費用のため請求できます。
しかし、強制執行を行ったとしても、原状回復費まで回収できない可能性を考えておく必要があります。
強制執行前に必ず確認!回収できるかどうかの判断方法
退去してしまった家賃滞納者に強制執行する前には、かかる費用と回収できる金額を考えることが重要です。
強制執行には、費用がかかります。
時間と苦労をかけただけになってしまわないよう、冷静に判断しましょう。
回収できる可能性の見極めポイントをまとめました。
回収できる可能性が高い |
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回収できる可能性は半分 |
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回収できる可能性は低い |
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退去した家賃滞納者へ強制執行する前の3つの注意点
強制執行の成功には、強制執行までの事前の準備にかかっています。
確実に滞納家賃・費用を回収するために、3つの注意点を見ていきましょう。
注意点1. 督促の連絡を適切に行う
強制執行前の注意点の1つ目は、「督促の連絡を適切に行う」です。
督促の連絡が脅迫的であったりプライバシーを侵害したりするような方法では、強制執行を行えない可能性があります。
違法になりかねない督促方法は、次の通りです。
- 深夜や早朝の電話
- 玄関ドアや掲示板への張り紙
- 借主・連帯保証人以外への督促
- 勤務先への電話(借主・連帯保証人と連絡できている場合)
- 訪問での長時間にわたる督促
- 鍵の無断交換
玄関ドアや掲示板への張り紙では、慰謝料請求の判例があります。
また、借主・連帯保証人以外への督促や勤務先への電話は、借主に対するプライバシー侵害・名誉棄損にあたる可能性があります。
借主が拒絶した場合の長時間にわたる訪問督促も、不退去罪になりかねないため注意しましょう。
- 電話や訪問は深夜・早朝を避ける(夜21時~朝8時はしない)
- 督促は記録に残す
- 具体的な期限を伝える
- 法的措置を取る旨を予告する
注意点2. 勝手に物件に入らない
強制執行前の注意点の2つ目は、「勝手に物件に入らない」です。
滞納者が退去した後でも、賃貸借契約が正式に解除されていなければ、無断で物件に立ち入ってはいけません。
住居侵入罪や器物損壊罪にあたる可能性があるため、十分に注意しましょう。
違法になりかねない行為は、次の通りです。
- 残置物の勝手な処分
- 無断での合鍵使用
- ドアの強制開錠
原状回復など新たな入居者を募集するための行為は、賃貸借契約が解除されてから行います。
注意点3. 財産の特定のために資産調査をしておく
強制執行前の注意点の3つ目は、「財産の特定のために資産調査をしておく」です。
強制執行で回収できるかどうかは、債務者の所在と財産を正確に把握できるかにかかっています。
強制執行を申し出るには、対象者を特定する必要があります。
また、対象者のどの財産を差し押さえるかも、申立人である大家さんが決めなければなりません。
そのため事前に借主の所在・資産調査を行うことで、強制執行の成功率が上がります。
調査すべき項目は、次の通りです。
- 所在地(強制執行申し出のため)
- 勤務先(給与差し押さえのため)
- 銀行口座(預金差し押さえのため)
- 所有不動産(不動産執行のため)
- その他の財産(車両、株式など)
調査方法は、住民票の取得、不動産登記簿の確認、債務者から提出された資料などがあります。
すでに確定判決されていれば、弁護士による財産開示手続の申し立てができます。
しかし、財産開示命令が出ても無視されてしまえば弁護士はお手上げです。
そのような場合は、専門家である探偵事務所に調査を依頼する手があります。
行動調査結果や元勤務先や知人などの独自ルートから情報を集め、所在や財産を特定できます。
退去した家賃滞納者への強制執行|手続き完全ガイド
強制執行までの手続きを5つ、順を追って解説していきます。
手続き1. 本人・連帯保証人に連絡する
郵便や電話で、債務者である借主に督促の連絡をします。
住所や勤務先がわかる場合は、直接訪問も考えてください。
その際、賃貸借契約が解除されていない場合は、あわせて要求します。
本人と連絡が取れない場合は、連帯保証人に連絡しましょう。
また、賃貸借契約の解除権を付与する特約を事前に結んでいた場合、連帯保証人が賃貸借契約を解除できる可能性があります。
ただし、連帯保証人に賃貸借契約の解除権を付与する特約自体が消費者契約法10条に違反する可能性があるため注意しましょう。
借主本人・連帯保証人ともに連絡が取れない場合は、次の手続きを行います。
★リンク挿入『家賃滞納者が未払いのまま失踪!連絡が取れない場合の保証人への請求と対応策』★
手続き2. 督促状を内容証明郵便で送る
債務者である借主本人・連帯保証人と連絡が取れない場合は、内容証明郵便で督促を行います。
内容証明郵便は、「いつ、誰が、どのような内容の文書を送ったか」を郵便局が証明してくれる郵便サービスです。
内容証明郵便は、後に訴訟を起こすことになった場合の重要な証拠になります。
また、家賃債権の時効を6ヵ月間延長することもできます。
- 滞納家賃の詳細(期間、金額)
- 遅延損害金額
- 賃貸借契約解除の意思表示
- 支払期限
- 支払いがない場合の法的措置予告
- 基本料:85円
- 内容証明料金:480円(2枚目以降290円/枚)
- 書留料:480円
- 配達証明料:350円
- 速達費用:300円
内容証明郵便を送る際にかかる費用は、最低でも1,695円です。(2025年5月現在)
なお、上記は郵便局から郵送した場合の金額です。
手続き3. 訴訟または支払督促を行う
内容証明郵便による督促に応じない場合、訴訟または支払督促を提起します。
どの方法で督促するかは、状況や請求額によって選択できます。
支払督促(簡易裁判所) | 手続きが簡単・低コスト |
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少額訴訟(管轄裁判所) | 60万円以下でのみ選択可 |
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通常訴訟(管轄裁判所) | 高額案件(60万円以上)・複雑な事案 |
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支払督促が確定すると、強制執行を申し立てるための債務名義を手に入れられます。
支払督促を無視するような借主の場合、異議なく支払督促が確定する可能性が高いため強制執行したい場合に有効な手段です。
なお「支払督促で異議を申し立てられたとき」・「少額訴訟で通常訴訟を申し出られたとき」は、通常訴訟へ移ります。
手続き4. 強制執行を裁判所に申し立てる
裁判所でも解決できなかったときは、強制執行を裁判所へ申し立てます。
強制執行を行い、借主や連帯保証人の財産を差し押さえて滞納家賃や費用を回収していきましょう。
強制執行の申し立てに必要な情報を、以下にまとめました。
要件 |
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必要書類 |
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費用 |
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請求可能な費用 |
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手続き5. 差し押さえと回収(取立て)
裁判所から強制執行を許可されたら、差し押さえと回収(取立て)を行いましょう。
家賃滞納者への強制執行の場合、債権執行のケースが最も多いです。
債権執行では、裁判所から債務者(借主)と第三債務者(債務者の勤務先)に差押命令が送達されます。
差押命令の送達から1週間経過すると、債権者自ら取り立てることができます。
なお、第三債務者(債務者の勤務先)から回収できた時は、すぐにその旨を裁判所に届け出る必要があります。
専門家(弁護士・探偵)に相談するタイミングと選び方
最後に、強制執行を行う上で欠かせない専門家への相談のタイミングと、その選び方をご紹介します。
家賃の滞納問題は複雑なケースが多く、適切な対応を行わないと回収が困難になることが少なくありません。
法的トラブルに発展する可能性も高い問題です。
そのため、早めに専門家へ相談することをおすすめします。
なお、強制執行に強い専門家は、弁護士と探偵事務所です。
それぞれに相談するタイミングと費用、選び方の目安は次の通りです。
専門家 | 探偵事務所 | 弁護士 |
相談のタイミング | 債務者の所在・財産調査をしたいとき | 裁判を考え始めたとき |
費用 | 調査内容・複雑さにより異なる※ | 回収金額により異なる |
選び方 |
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※探偵事務所の調査費用の目安は、こちらをご参考ください。
ファミリー調査事務所は、滞納家賃の回収トラブルに強い探偵事務所です。
特に、すでに退去してしまっている家賃滞納者の所在調査や行動調査、財産調査の経験が豊富です。
さらに、強制執行に向けて債権回収の経験が豊富な弁護士紹介サービスも行っています。
24時間365日無料でご相談を受け付けておりますので、お気軽にご連絡ください。
参考:裁判所『民事執行手続』、裁判所『判決等はもらったけれど(強制執行の概要)』、裁判所『民事・行政 令和5年度』、裁判所『書式8 給料,役員報酬,俸給・公務員,議員報酬等』、国税庁『第76条関係 給与の差押禁止』、厚生労働省『民法改正に伴う消滅時効の見直しについて』、e-GOV法令検索『民法第601条』、国土交通省『賃貸不動産管理をめぐるトラブル等の現状』、国土交通省『民間賃貸住宅に関する相談対応事例集』、民間住宅活用型住宅セーフティネット整備推進事業実施支援室『(参考)滞納・取立てをめぐる裁判事例』、裁判所『財産開示手続』、裁判所『第三者からの情報取得手続を利用する方へ』、裁判所『第1 申立ての準備』、e-GOV法令検索『消費者契約法10条』、トムソン・ロイター『判例コラム』、郵便局『内容証明』、裁判所『支払督促を申し立てる方へ…』、裁判所『訴え(少額訴訟)を起こす方へ…』、裁判所『訴え(通常訴訟)を起こす方へ…』、裁判所『[A] 債務名義に基づく差押え(扶養義務関係を除く)』、裁判所『債権執行』

執筆者:米良2025年6月18日
長年の情報収集経験を有し、英語での情報分析も得意とする。豊富な海外調査実績をもとに、国内外の問題を独自の視点で解説します。